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研究室だより Vol.21 青井研究室

【生体工学領域・青井 伸也 教授】

歩行の不安定化は役に立つ!?
-多足ロボットの機敏な歩行を実現する新技術-

・不安定性を利用することで多足ロボットの機敏で効率の良い歩行の実現に成功

・環境と複雑に相互作用する多くの足の運動計画や制御の問題に対して、直線歩行の安定性を制御する機構を導入し、通常排除する不安定性をむしろ積極的に利用することで機敏な歩行を実現可能にした

・惑星探査や災害現場のような人が立ち入ることの難しい場所など様々な状況での利用に向けた応用へ期待

(図1)

大阪大学大学院基礎工学研究科の青井伸也教授の研究グループは、不安定性を利用した多足ロボットの機敏で効率の良い歩行の実現に成功しました(図1)。

多足ロボットは、多くの足を持つために耐故障性や転倒回避性に優れており、様々な場所で活用できると期待されています。しかしながら、環境と複雑に相互作用する多くの足の運動計画や制御は難しく、その実現は困難でした。特に、地面につけている多くの足が障害となり、急旋回のような機敏な運動を行うことは至難の業でした。

青井伸也教授の研究グループでは、回転バネにより柔軟な体軸を持つ多足ロボットにおいて、そのバネ剛性をパラメータとするピッチフォーク分岐によって直線歩行が不安定化し、剛性に依存した半径を持つ円歩行に遷移することを明らかにしていました(Aoi et al., 2022)。今回、その剛性を変化させる機構をロボットに搭載することで直線歩行の不安定化を自在に引き起こし、さらにそれによって遷移する円歩行の半径を制御することで、機敏で効率の良い歩行の実現に成功しました。これにより、惑星探査や災害現場のような人が立ち入ることの難しい場所など、様々な状況での利用に応用されることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Soft Robotics」に、2023年5月29日(月)13時(日本時間)に公開されました。

詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。

Last Update : 2023/06/09

研究室だより Vol.20 西川研究室

【機能デザイン領域・齋藤 洋一 特任教授】

日本人アルツハイマー型認知症を非侵襲の大脳刺激で改善
-薬物に頼らない治療法に期待-


非侵襲的に大脳皮質を刺激する事ができる反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)により、日本人アルツハイマー型認知症が改善することを明らかにした。

rTMSはうつ病治療に有効であり、2019年から米国製機器が保険適用となっているが、アルツハイマー型認知症に対する有効性を示した検証試験はなかった。日本人アルツハイマー型認知症に関しては初めてのデータで薬物だけに頼らないアルツハイマー型認知症治療が期待できる。

大阪大学大学院医学系研究科の齋藤洋一特任教授(研究当時、現 大学院基礎工学研究科 特任教授)らの研究グループは、帝人ファーマ(株)と共同開発した反復経頭蓋磁気刺激による両側前頭前野の高頻度刺激を4週間施行することで、軽度~中程度のアルツハイマー型認知症が、偽刺激に対して、有意な改善を認め、その効果は約20週継続することを明らかにしました。

これまでアルツハイマー型認知症は、4種類の投薬(ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン、メマンチン)が保険適用とされていますが、効果は限定的です。最近、米国でアデュカヌマブが承認され、新薬レカネマブも臨床試験で有効とされていますが、軽症例が対象で、その効果も確立されていません。一方、反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)は、海外でも検証試験として有効性が示されていませんでした。

今回、研究グループは在宅用rTMS機器開発を目指し、帝人ファーマ(株)と共同開発し、臨床研究用に開発した未承認医療機器を用いて(図2 治験用機器)、日本人アルツハイマー型認知症に対する有効性を検討すべく探索的臨床試験を行いました。図1は我々が開発した偏心球面コイルを示しています。このコイルはエネルギー効率を改善させました。その結果、認知症のスクリーニング検査であるMMSE(ミニメンタルステート検査)が30点満点中15~25点の患者(軽度~中程度の認知症)であれば、偽刺激に対して有意な認知機能の改善を認めました。その効果は約20週継続しました。その治療効果は日本発のアルツハイマー型認知症薬であるドネペジルと比較しても劣るものではなく、むしろ即効性、持続性が示唆されました。うつ症状も改善される傾向がありました。

今後、軽症~中等症の日本人アルツハイマー型認知症の新たな非侵襲的脳刺激療法として期待されます。

本研究成果は、国際誌「Frontiers in Aging Neuroscience」に、2022年10月11日(火)(日本時間)公開されました。
Randomized, sham-controlled, clinical trial of repetitive transcranial magnetic stimulation for patients with Alzheimer’s dementia in Japan – PubMed (nih.gov)
論文は無料ダウンロードできます。

詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。

Last Update : 2023/01/11

研究室だより Vol.19 中村研究室

非線形力学領域 材料構造工学講座 材料物性学グループ

“光”による半導体内部の変化を正確に測定

中村 篤智 教授

 一般的に、硬い材料はもろく壊れやすい。そのような特性を持っています。セラミックスや半導体などは、そうした材料の代表です。それが、ただ”光”を当てるだけで、物質の硬さや強さを自由自在に変えられるとしたら…。こうした考えのもと、原子より微小な電子の領域、さらにミクロなレベルで力を加えながら光を物質の表面に照射することにより、その強さと構造の変化を調べる研究に取り組んでいます。最新の成果は、2021年2月、アメリカの科学雑誌「Nano Letters」オンライン版上において発表することができました。
 私たちの研究グループは、遡ること3年前の2018年5月、光がまったくない完全暗室下において、無機半導体結晶が金属材料のような可塑性(形状が変化する能力)を備えて破壊しにくくなることを発表していました。今回は、研究をさらに推し進めて、その精密な計測手法を開発。計測機器の尖った先端を物質に押し当て強度を測る「インデンテーション法」を進化させ、その”力”とともに”光”を同時に試料に入射して物質内部をナノスケールで計測する「光インデンテーション法」を確立することに成功しました。
 つまり、物質自体の組織や構造を変えることなく、外部からの可視光線が物質内部のナノスケール領域に変化をもたらすことを実証したのです。

ナノスケールでの計測手法の精度を高め研究を深化

 この実験での成果のひとつは、光と物性変化の関係を明らかにしたことです。半導体などの結晶内部に圧力をかけて変形させると、”シワ”が生じます。今回の実験では、その「シワ(転位)」と呼ばれる部分がどう動くかによって結晶の強さが決まることが分かりました。つまり、光を利用することで、物質の強さを制御できることも明らかとなったわけです。このことは、原子より小さな電子や光子の運動がもたらす材料の強度変化の研究に、より一層の”光”を当てる結果となりました。
 さらには、計測方法そのものにも大きな成果をもたらしました。これまで、光が半導体の強さに変化を生じさせることは周知されつつありましたが、ナノスケールで「シワ」の動向を精密に計測できる手法は実現できていなかったからです。これにより、半導体にとどまらず、光を当てた際の物質の強さを正確に評価することが可能になりました。これも、今回の大きな成果のひとつでしょう。
 現在は、成果を発表したオリジナルの装置による実験データを集めているところです。今後は、光の効果の観点からの研究が行われていなかった半導体の強さに関する詳細な情報を提供し、半導体の生産性を上げる研究に貢献することが目標です。同時に、さらに測定技術の精度を高めることも、自身に課せられた重要なミッションとして進めていきたいと考えています。
 こうした研究が進むと、最終的には、ものづくりの可能性を広げることにつながります。材料に何らかの特殊な加工を施すこともなく、膨大な時間を費やして代替材料を探し求めることもありません。つまり、コストと手間をかけずに、今ある材料で、より頑丈で軽量なモバイルや乗り物を省エネルギーで生産する。そんな未来が、実現できるかもしれないからです。

異なる分野の融合で「ゲームチェンジ」を目指す

そもそも、物質の強さを調べるのは機械工学もしくは材料工学の分野で、光や電子の効果に関わる研究は応用物理学もしくは電気工学の領域。私が専門としているのは、異なる学問を行き来する学際横断的な研究領域と言えるでしょう。私自身は、学部と修士課程においては機械工学分野を専攻していましたが、博士課程では材料系分野を選択しました。また、博士課程の学生時代から、応用物理学分野を含む融合領域の研究を行うようになりました。異なる分野間の融合領域を追究してきたことが、現在につながっていると感じます。

これは、いみじくも大阪大学基礎工学部・研究科の方針にも合致しています。今後も強度物性と構造物性の両面から研究を続けるとともに、それを評価する装置を自分自身でつくり分析する。そうした姿勢で臨みたいと思っています。
 今後の研究環境は、リモートの推進もあって、さらに研究のスピード化・効率化が進むことになるでしょう。世界の流れに取り残されないよう、研究の独自性を突き詰めたり、独自の装置を生み出すなどの創意工夫が必要です。
 研究は、「世界一」「世界初」にこそ意義があり、日本初に意味がありません。そうした意識を理解して、世界と戦える若手人材の育成に力を注ぐのも、私が果たすべき大きな役割。自身のテーマの研究とともに、自らの使命として受け止め進んでいきたいと思います。
 物質・材料の知られざる性質を追究することで、人々の生活を根本的に変えるような「ゲームチェンジ」をもたらすこと。それが、研究者としての究極の目標です。その日が来るまで、歩みを止めることはありません。

材料物性学グループ 中村研究室 http://nano.me.es.osaka-u.ac.jp//

Last Update : 2022/08/03