【機能デザイン領域・齋藤 洋一 特任教授】
日本人アルツハイマー型認知症を非侵襲の大脳刺激で改善
-薬物に頼らない治療法に期待-
非侵襲的に大脳皮質を刺激する事ができる反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)により、日本人アルツハイマー型認知症が改善することを明らかにした。
rTMSはうつ病治療に有効であり、2019年から米国製機器が保険適用となっているが、アルツハイマー型認知症に対する有効性を示した検証試験はなかった。日本人アルツハイマー型認知症に関しては初めてのデータで薬物だけに頼らないアルツハイマー型認知症治療が期待できる。
大阪大学大学院医学系研究科の齋藤洋一特任教授(研究当時、現 大学院基礎工学研究科 特任教授)らの研究グループは、帝人ファーマ(株)と共同開発した反復経頭蓋磁気刺激による両側前頭前野の高頻度刺激を4週間施行することで、軽度~中程度のアルツハイマー型認知症が、偽刺激に対して、有意な改善を認め、その効果は約20週継続することを明らかにしました。
これまでアルツハイマー型認知症は、4種類の投薬(ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン、メマンチン)が保険適用とされていますが、効果は限定的です。最近、米国でアデュカヌマブが承認され、新薬レカネマブも臨床試験で有効とされていますが、軽症例が対象で、その効果も確立されていません。一方、反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)は、海外でも検証試験として有効性が示されていませんでした。
今回、研究グループは在宅用rTMS機器開発を目指し、帝人ファーマ(株)と共同開発し、臨床研究用に開発した未承認医療機器を用いて(図2 治験用機器)、日本人アルツハイマー型認知症に対する有効性を検討すべく探索的臨床試験を行いました。図1は我々が開発した偏心球面コイルを示しています。このコイルはエネルギー効率を改善させました。その結果、認知症のスクリーニング検査であるMMSE(ミニメンタルステート検査)が30点満点中15~25点の患者(軽度~中程度の認知症)であれば、偽刺激に対して有意な認知機能の改善を認めました。その効果は約20週継続しました。その治療効果は日本発のアルツハイマー型認知症薬であるドネペジルと比較しても劣るものではなく、むしろ即効性、持続性が示唆されました。うつ症状も改善される傾向がありました。
今後、軽症~中等症の日本人アルツハイマー型認知症の新たな非侵襲的脳刺激療法として期待されます。
本研究成果は、国際誌「Frontiers in Aging Neuroscience」に、2022年10月11日(火)(日本時間)公開されました。
Randomized, sham-controlled, clinical trial of repetitive transcranial magnetic stimulation for patients with Alzheimer’s dementia in Japan – PubMed (nih.gov)
論文は無料ダウンロードできます。
詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。
Last Update : 2023/01/11
非線形力学領域 材料構造工学講座 材料物性学グループ
“光”による半導体内部の変化を正確に測定
中村 篤智 教授
一般的に、硬い材料はもろく壊れやすい。そのような特性を持っています。セラミックスや半導体などは、そうした材料の代表です。それが、ただ”光”を当てるだけで、物質の硬さや強さを自由自在に変えられるとしたら…。こうした考えのもと、原子より微小な電子の領域、さらにミクロなレベルで力を加えながら光を物質の表面に照射することにより、その強さと構造の変化を調べる研究に取り組んでいます。最新の成果は、2021年2月、アメリカの科学雑誌「Nano Letters」オンライン版上において発表することができました。
私たちの研究グループは、遡ること3年前の2018年5月、光がまったくない完全暗室下において、無機半導体結晶が金属材料のような可塑性(形状が変化する能力)を備えて破壊しにくくなることを発表していました。今回は、研究をさらに推し進めて、その精密な計測手法を開発。計測機器の尖った先端を物質に押し当て強度を測る「インデンテーション法」を進化させ、その”力”とともに”光”を同時に試料に入射して物質内部をナノスケールで計測する「光インデンテーション法」を確立することに成功しました。
つまり、物質自体の組織や構造を変えることなく、外部からの可視光線が物質内部のナノスケール領域に変化をもたらすことを実証したのです。
ナノスケールでの計測手法の精度を高め研究を深化
この実験での成果のひとつは、光と物性変化の関係を明らかにしたことです。半導体などの結晶内部に圧力をかけて変形させると、”シワ”が生じます。今回の実験では、その「シワ(転位)」と呼ばれる部分がどう動くかによって結晶の強さが決まることが分かりました。つまり、光を利用することで、物質の強さを制御できることも明らかとなったわけです。このことは、原子より小さな電子や光子の運動がもたらす材料の強度変化の研究に、より一層の”光”を当てる結果となりました。
さらには、計測方法そのものにも大きな成果をもたらしました。これまで、光が半導体の強さに変化を生じさせることは周知されつつありましたが、ナノスケールで「シワ」の動向を精密に計測できる手法は実現できていなかったからです。これにより、半導体にとどまらず、光を当てた際の物質の強さを正確に評価することが可能になりました。これも、今回の大きな成果のひとつでしょう。
現在は、成果を発表したオリジナルの装置による実験データを集めているところです。今後は、光の効果の観点からの研究が行われていなかった半導体の強さに関する詳細な情報を提供し、半導体の生産性を上げる研究に貢献することが目標です。同時に、さらに測定技術の精度を高めることも、自身に課せられた重要なミッションとして進めていきたいと考えています。
こうした研究が進むと、最終的には、ものづくりの可能性を広げることにつながります。材料に何らかの特殊な加工を施すこともなく、膨大な時間を費やして代替材料を探し求めることもありません。つまり、コストと手間をかけずに、今ある材料で、より頑丈で軽量なモバイルや乗り物を省エネルギーで生産する。そんな未来が、実現できるかもしれないからです。
異なる分野の融合で「ゲームチェンジ」を目指す
そもそも、物質の強さを調べるのは機械工学もしくは材料工学の分野で、光や電子の効果に関わる研究は応用物理学もしくは電気工学の領域。私が専門としているのは、異なる学問を行き来する学際横断的な研究領域と言えるでしょう。私自身は、学部と修士課程においては機械工学分野を専攻していましたが、博士課程では材料系分野を選択しました。また、博士課程の学生時代から、応用物理学分野を含む融合領域の研究を行うようになりました。異なる分野間の融合領域を追究してきたことが、現在につながっていると感じます。
これは、いみじくも大阪大学基礎工学部・研究科の方針にも合致しています。今後も強度物性と構造物性の両面から研究を続けるとともに、それを評価する装置を自分自身でつくり分析する。そうした姿勢で臨みたいと思っています。
今後の研究環境は、リモートの推進もあって、さらに研究のスピード化・効率化が進むことになるでしょう。世界の流れに取り残されないよう、研究の独自性を突き詰めたり、独自の装置を生み出すなどの創意工夫が必要です。
研究は、「世界一」「世界初」にこそ意義があり、日本初に意味がありません。そうした意識を理解して、世界と戦える若手人材の育成に力を注ぐのも、私が果たすべき大きな役割。自身のテーマの研究とともに、自らの使命として受け止め進んでいきたいと思います。
物質・材料の知られざる性質を追究することで、人々の生活を根本的に変えるような「ゲームチェンジ」をもたらすこと。それが、研究者としての究極の目標です。その日が来るまで、歩みを止めることはありません。
材料物性学グループ 中村研究室 http://nano.me.es.osaka-u.ac.jp//
Last Update : 2022/08/03
生体工学領域 生体計測学講座 分子生体計測グループ
複雑な生命現象に潜む力学
出口 真次 教授
研究室のキャッチフレーズは「Find Mechanics in Life」です。
私は、大学院博士前期課程までは航空力学の研究分野にいました。生物研究に移ったのは博士後期課程からです。
生き物の基本単位である細胞を一つの建物として考えてみると、柱や梁に相当するのはどんな構造なのか、その大きさや強度、配置はどんな法則で決まっているのかなど、読み解きに力学(Mechanics)の視点が必要な問題は数多くあります。建物の部材に相当する一個一個のタンパク質や遺伝子の働きを解き明かす分子生物学の方法や考え方も重視していますが、それだけでは、建物全体を支配する仕組みを理解するのは難しいかもしれません。
車のバンパーに傷が入ったら修理工場に持ち込まないと直りませんが、人間なら、すり傷程度なら、数日経てば治ってしまいます。このような、生物の自己修復の仕組み、特に周囲の環境が変化してもうまく適応する仕組みに関心をもって研究を行っています。これは人工物とは異なる生物の特質と言えます。
それを解き明かすうえで、力学(熱力学、機械力学、流体力学、材料力学など)は重要な手段、かつ重要な視点であると考えています。たとえば外界の変化にもかかわらず細胞がいつも一定の内部構造を保とうとする(恒常性と呼ばれる)仕組みを理解するには、力学に基づいて解釈する方法が不可欠です。ただし、それだけでは説明が抽象的・概念的になってしまうために、具体的にその仕組みを担う分子の実体を明らかにすることも重視しています。
そのため私の研究室では、力学に軸足を置きつつ、分子生物学や情報科学など、異なる分野の手法を総動員して、とても複雑な生命現象の一端を理解しようとしています。研究成果は、応用力学系と分子生物学系(というかなり考え方や価値観の異なるコミュニティー)の双方いずれにおいても継続して発表を行い、意見を受けるようにしています。従来の力学研究や生物学研究にとどまらない広がりを持ち、異分野と橋渡しできるのは、この研究室のユニークな強み、かつおもしろいところで、基礎工学部らしい面でもあります。
とても複雑なものごとから、帰納的に事実を見つけようと試行錯誤し、かつその事実らしきことがはたらく仕組みの一部を、力学の原理から演繹的に解釈して客観化しようとする私たちの研究の過程は、学生にとっても複雑で情報過多な社会で生きる際にきっと大事になる能力を涵養するトレーニングになるのでは、と考えています。
学際的な方法により細胞の力を読む
1980年代から、米国を中心に航空力学の研究者が生体力学の研究に参入し、力学的な視点から生命システムを理解しようという流れが大きくなりはじめました。2000年代に入ってからは、再生医療などで注目されている(間葉系)幹細胞が、どんな細胞に分化していくかの運命決定に、細胞が支える「力」も関わっているという論文が発表され、注目を集めました。周囲の物体が硬くて幹細胞が大きな力を出しやすい環境下では骨細胞になりやすく、逆に周囲の物体が柔らかくてあまり力を支えられない環境下では神経細胞になりやすい、という傾向が見つかったのです。
この細胞の運命を左右する力を測ることは、上で述べた細胞の環境適応のメカニズムの理解にも直結します。現状において、様々な計測技術の発展により、遺伝子やタンパク質に関する性質のいくつかは、とても速く大量に調べることができるようになりました。しかし一つ一つの細胞が出す力を計測することは難しく、データを集める効率も悪いものでした。
この状況において、私たちは、細胞が周囲の物体に対してつくるシワで、力を計測できる方法を開発しました。テーブルクロスの上に細胞が載っていると想像してみてください。細胞が力をだしてぎゅっと縮もうとすると、テーブルクロスにシワができます。そのシワの様子から、細胞の力を測るという方法です。顕微鏡で観察したシワと細胞の画像から、力学解析と情報科学の技術を併用して「こんなシワができているならば、これだけ力を出している」とデータを取り出すことができるようになりました。
基礎から応用へ
私たちの開発している力を測る技術は、従来の方法よりデータの精度や取得効率が大幅に向上しました。生物学の基礎研究分野でも便利な道具として注目され、医学系や理学系の研究者と共同研究を進めています。
この技術は、効率的な薬剤開発にも役立てられると考えています。個々の細胞が発生している「力」は、病気にもかかわっています。例として、高血圧や喘息は、それぞれ血管や気管をつくる平滑筋細胞の大きな収縮力と関係しています。その他にも、がんなど様々な病気の進展と、細胞が出す力との間には密接な関係があることがわかってきています。私たちの技術を用いて、どんな薬を加えると細胞の「力」が変化するか、さらに効率よく探し出すことができれば、関連薬剤の開発をスピードアップできると期待しています。
出口研究室ホームページ http://mbm.me.es.osaka-u.ac.jp/
Last Update : 2021/06/25