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研究室だより Vol.18 出口研究室

生体工学領域 生体計測学講座 分子生体計測グループ

複雑な生命現象に潜む力学

出口 真次 教授

 研究室のキャッチフレーズは「Find Mechanics in Life」です。
私は、大学院博士前期課程までは航空力学の研究分野にいました。生物研究に移ったのは博士後期課程からです。
生き物の基本単位である細胞を一つの建物として考えてみると、柱や梁に相当するのはどんな構造なのか、その大きさや強度、配置はどんな法則で決まっているのかなど、読み解きに力学(Mechanics)の視点が必要な問題は数多くあります。建物の部材に相当する一個一個のタンパク質や遺伝子の働きを解き明かす分子生物学の方法や考え方も重視していますが、それだけでは、建物全体を支配する仕組みを理解するのは難しいかもしれません。
車のバンパーに傷が入ったら修理工場に持ち込まないと直りませんが、人間なら、すり傷程度なら、数日経てば治ってしまいます。このような、生物の自己修復の仕組み、特に周囲の環境が変化してもうまく適応する仕組みに関心をもって研究を行っています。これは人工物とは異なる生物の特質と言えます。
それを解き明かすうえで、力学(熱力学、機械力学、流体力学、材料力学など)は重要な手段、かつ重要な視点であると考えています。たとえば外界の変化にもかかわらず細胞がいつも一定の内部構造を保とうとする(恒常性と呼ばれる)仕組みを理解するには、力学に基づいて解釈する方法が不可欠です。ただし、それだけでは説明が抽象的・概念的になってしまうために、具体的にその仕組みを担う分子の実体を明らかにすることも重視しています。
 そのため私の研究室では、力学に軸足を置きつつ、分子生物学や情報科学など、異なる分野の手法を総動員して、とても複雑な生命現象の一端を理解しようとしています。研究成果は、応用力学系と分子生物学系(というかなり考え方や価値観の異なるコミュニティー)の双方いずれにおいても継続して発表を行い、意見を受けるようにしています。従来の力学研究や生物学研究にとどまらない広がりを持ち、異分野と橋渡しできるのは、この研究室のユニークな強み、かつおもしろいところで、基礎工学部らしい面でもあります。
 とても複雑なものごとから、帰納的に事実を見つけようと試行錯誤し、かつその事実らしきことがはたらく仕組みの一部を、力学の原理から演繹的に解釈して客観化しようとする私たちの研究の過程は、学生にとっても複雑で情報過多な社会で生きる際にきっと大事になる能力を涵養するトレーニングになるのでは、と考えています。

学際的な方法により細胞の力を読む

1980年代から、米国を中心に航空力学の研究者が生体力学の研究に参入し、力学的な視点から生命システムを理解しようという流れが大きくなりはじめました。2000年代に入ってからは、再生医療などで注目されている(間葉系)幹細胞が、どんな細胞に分化していくかの運命決定に、細胞が支える「力」も関わっているという論文が発表され、注目を集めました。周囲の物体が硬くて幹細胞が大きな力を出しやすい環境下では骨細胞になりやすく、逆に周囲の物体が柔らかくてあまり力を支えられない環境下では神経細胞になりやすい、という傾向が見つかったのです。
 この細胞の運命を左右する力を測ることは、上で述べた細胞の環境適応のメカニズムの理解にも直結します。現状において、様々な計測技術の発展により、遺伝子やタンパク質に関する性質のいくつかは、とても速く大量に調べることができるようになりました。しかし一つ一つの細胞が出す力を計測することは難しく、データを集める効率も悪いものでした。
 この状況において、私たちは、細胞が周囲の物体に対してつくるシワで、力を計測できる方法を開発しました。テーブルクロスの上に細胞が載っていると想像してみてください。細胞が力をだしてぎゅっと縮もうとすると、テーブルクロスにシワができます。そのシワの様子から、細胞の力を測るという方法です。顕微鏡で観察したシワと細胞の画像から、力学解析と情報科学の技術を併用して「こんなシワができているならば、これだけ力を出している」とデータを取り出すことができるようになりました。

基礎から応用へ

私たちの開発している力を測る技術は、従来の方法よりデータの精度や取得効率が大幅に向上しました。生物学の基礎研究分野でも便利な道具として注目され、医学系や理学系の研究者と共同研究を進めています。
 この技術は、効率的な薬剤開発にも役立てられると考えています。個々の細胞が発生している「力」は、病気にもかかわっています。例として、高血圧や喘息は、それぞれ血管や気管をつくる平滑筋細胞の大きな収縮力と関係しています。その他にも、がんなど様々な病気の進展と、細胞が出す力との間には密接な関係があることがわかってきています。私たちの技術を用いて、どんな薬を加えると細胞の「力」が変化するか、さらに効率よく探し出すことができれば、関連薬剤の開発をスピードアップできると期待しています。

出口研究室ホームページ http://mbm.me.es.osaka-u.ac.jp/

Last Update : 2021/06/25

研究室だより Vol.17 小林研究室

非線形力学領域 材料構造工学講座 材料・構造強度学グループ

岩石が衝撃破壊すると電磁波が出る!
— 地震や噴火の予知に? —

小林研究室

 岩石・岩盤から発生する電磁波は、地下資源の探査に古くから利用され、また、地震発生時には強い電磁波がしばしば観測される事から、最近では地震の予知に活用できるのではないかと期待されています。電磁波が発生する原因は、岩石に含まれる石英やトパーズのような圧電物質の周囲の電界が、外部から受ける大きな力で生じる岩石内部の電位差によって変化するため、と言われていますが、本当のところは、まだ、よくわかっていません。

 私たちは、過去に、石英岩、大理石、砂岩の三種類の岩石試験片を用いて衝撃圧縮試験を行い、圧電物質である石英を含む石英岩、砂岩の破壊時に400k~1MHzの周波数を持つ電磁波が観測されるが、石英を含まない大理石では電磁波は観測されないこと[1]を明らかにしました。そこで、この結果を踏まえて、圧電物質である石英の含有量の異なる二種類の岩石を用いて、圧縮試験に加え曲げ試験をも実施し、岩石の機械的性質と負荷速度の関係や、岩石の破壊力学的パラメーターと電磁的現象の関連性について、万能材料試験機やホプキンソン棒型衝撃圧縮試験装置(図1)を使って種々の実験を行いました。その結果、花崗岩,斑レイ岩の圧縮強度・曲げ強度や、岩石の破壊時に観測される電磁波の最大振幅は、ゆっくり圧縮するよりも衝撃的に圧縮する方がより大きく、その現象は石英の含有量が多い花崗岩でより顕著に現れること、特に花崗岩については、その振幅は、図2のように、破壊に対する抵抗が大きい場合ほど大きくなることなどが明らかとなりました[2~4]。

 火山の噴火や隕石の地球への衝突、宇宙空間での星の発生メカニズムである岩石の相互衝突など、岩石の衝撃的な変形や破壊を伴う自然現象は極めて多い。私たちの研究が、このような事象の解明に少しでも役立てばと思っています。

【文献】
[1] Watanabe K., Ogawa K., Tanaka K., Kobayashi H. and Horikawa K., Electromagnetic phenomena associated with dynamic deformation and fracture of rocks, Proc. DYMAT 2009, pp.757-763.
[2] 田中,小川,小林,渡辺,山下,堀川:岩石の衝撃圧縮および曲げ変形における強度と電磁的現象,材料,Vol.58 (2009), pp.910-916.
[3] Kobayashi H., Ogawa K., Horikawa K. and Watanabe K., “Fracture Behavior Accompanying Electromagnetic Waves of Granite in Dynamic Three Point Bending”, J. Solid Mech. Mater. Eng., Vo.5, No.11, pp.873-881, (2011.12).
[4] Kobayashi H., Horikawa K., Ogawa K. and Watanabe K., “Impact Compressive and Bending Behaviour of Rocks Accompanied by Electromagnetic Phenomena”, Philosophical Transactions of The Roy. Soc. A, Vol.372, 20130292, (2014). (http://dx.doi.org/10.1098/rsta.2013.0292)


図1 ホプキンソン棒型衝撃試験装置


図2 き裂進展中の最大応力拡大係数と電磁波の最大振幅との関係

 

Last Update : 2018/03/14

研究室だより Vol.16 杉山研究室

機能デザイン領域 推進工学領域 流体工学グループ

コップの中に見える泡と物理

杉山研究室

 炭酸水やビールなどの発泡飲料に含まれる泡は、飲み物の「のどごし」を決める官能因子です。乾いた喉を潤す手を休め、コップの中をじっくり眺めると、大小様々な物理現象を観ることができます。

例えば、コップにソーダ水を注ぐと、コップの壁についた微細な「キズ」から気泡が発生します。液体に溶けた二酸化炭素が気体となるためです。ソーダ水の気泡はあっという間に500μm程度の直径に成長し、液体と気体との密度差により浮上すると、すぐに飲料の外へと抜けていきます。

溶存気体の種類を変えると、気泡の成長と浮上の様子は別ものになります。左端の図は、窒素が溶解した飲料をコップに注いだ写真です。炭酸飲料と比べて、気泡は寸法が1/10ほど(直径50μm程度)にしか成長せず、ゆっくりと浮上します。無数の気泡が飲料中に長く留まるため、クリーミーな味わいと一緒に、気泡の集団が織りなす模様の動く様を堪能することができます(左から2つ目の図)。私たちはこの「コップの中の模様」を成す流体の動力学を調べ、「味噌汁の模様」とは別の浮力由来のカラクリにより発現することを明らかにしました。

 窒素飲料中の気泡が小さいままに維持されるのは、溶存気体の量や種類が要因です。さらに、飲料に含まれる固形成分などが気液界面に吸着・脱離することに起因した「気泡同士の合体抑制効果」(右端の図)も、要因の一つと考えらます。これらの影響因子について、私たちは実験や数値計算を駆使して調査し、飲料に潜む力学法則を探求しています.

 気泡を含む流れは飲料に限らず、発電施設の熱交換機や水処理施設の水質浄化装置など広く工業的に利用されています。私たちは、基礎研究により得られた知見を活かし、生活を支えるインフラなどの社会基盤技術に貢献する応用研究にも取り組んでいます。

杉山研究室
http://flow.me.es.osaka-u.ac.jp/

 

Last Update : 2018/02/01