HOME > 研究室だより

研究室だより Vol.22 青井研究室

【生体工学領域・青井 伸也 教授】

歩行における左右の足の交互運動は厳密には制御されていない
―歩行障害の原因究明、新たなリハビリ手法・歩行支援装置への応用に期待―

・歩行における左右の足の交互運動は厳密には制御されていないことを発見

・複雑な身体運動のために、これまで肢間協調(左右の足を協調的に動かすこと)
 の制御の実態をつかむことができなかったが、位相縮約理論(※1)とベイズ推定
 (※2)の手法により可能に

・肢間協調を積極的に制御しないことは、エネルギーを効率化できるほか、ある程
 度のゆらぎを許容することでさまざまな状況に対応できる能力の向上にもつなが
 るため、このような制御戦略をとっていると予想される

・加齢や脳疾患による歩行障害の原因究明や、新たなリハビリ手法・歩行支援装置
 への応用に期待

我々は、左右の足を交互に前に出して歩きます。この左右交互の関係性が崩れてしまうと歩行機能の低下を招くため、左右の足はきっちりと交互に前に出すように比較的厳密に制御されていると予想されていましたが、歩行における複雑な身体運動のために、その実態は未解明でした。

大阪大学大学院基礎工学研究科の青井伸也教授、海洋研究開発機構の荒井貴光研究員、京都大学大学院情報学研究科の青柳富誌生教授らの研究グループは、左右の足を協調的に動かす肢間協調の制御様式を位相縮約理論に基づく位相振動子(※3)を用いてモデル化し、健常者の歩行中の計測データを用いたベイズ推定により推定しました。その結果、これまでの予想に反して、左右の足の交互運動は、左右交互の関係から少しくらい外れても、元に戻そうとするような制御は働いておらず、この関係性は必ずしも厳密には制御されていないことを世界で初めて明らかにしました(図)。

歩行中の左右の足の協調性は加齢や脳疾患によって減退してしまい、歩行機能の低下を招いてしまいます。本研究成果により明らかにした肢間協調の制御様式が加齢や脳疾患によってどのように変化するかを今後調べることで、歩行機能が低下する原因の究明や、新たなリハビリ手法・歩行支援装置の開発などにつながると期待されます。


本研究成果は、英国科学誌「Communications Biology」に、2024年9月20日(金)18時(日本時間)に掲載されました。

詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。

 

【用語説明】
(※1) 位相縮約理論
周期的な閉軌道(リミットサイクル)を有する多次元からなる力学システムを、位相振動子を用いて近似的に記述する数学的手法。
(※2) ベイズ推定
観測事象から、推定したい事柄を確率的な意味で推論すること。
(※3) 位相振動子
周期的な振る舞いを位相を用いて記述するもの。

Last Update : 2025/04/18

研究室だより Vol.21 青井研究室

【生体工学領域・青井 伸也 教授】

歩行の不安定化は役に立つ!?
-多足ロボットの機敏な歩行を実現する新技術-

・不安定性を利用することで多足ロボットの機敏で効率の良い歩行の実現に成功

・環境と複雑に相互作用する多くの足の運動計画や制御の問題に対して、直線歩行の安定性を制御する機構を導入し、通常排除する不安定性をむしろ積極的に利用することで機敏な歩行を実現可能にした

・惑星探査や災害現場のような人が立ち入ることの難しい場所など様々な状況での利用に向けた応用へ期待

(図1)

大阪大学大学院基礎工学研究科の青井伸也教授の研究グループは、不安定性を利用した多足ロボットの機敏で効率の良い歩行の実現に成功しました(図1)。

多足ロボットは、多くの足を持つために耐故障性や転倒回避性に優れており、様々な場所で活用できると期待されています。しかしながら、環境と複雑に相互作用する多くの足の運動計画や制御は難しく、その実現は困難でした。特に、地面につけている多くの足が障害となり、急旋回のような機敏な運動を行うことは至難の業でした。

青井伸也教授の研究グループでは、回転バネにより柔軟な体軸を持つ多足ロボットにおいて、そのバネ剛性をパラメータとするピッチフォーク分岐によって直線歩行が不安定化し、剛性に依存した半径を持つ円歩行に遷移することを明らかにしていました(Aoi et al., 2022)。今回、その剛性を変化させる機構をロボットに搭載することで直線歩行の不安定化を自在に引き起こし、さらにそれによって遷移する円歩行の半径を制御することで、機敏で効率の良い歩行の実現に成功しました。これにより、惑星探査や災害現場のような人が立ち入ることの難しい場所など、様々な状況での利用に応用されることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Soft Robotics」に、2023年5月29日(月)13時(日本時間)に公開されました。

詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。

Last Update : 2023/06/09

研究室だより Vol.20 西川研究室

【機能デザイン領域・齋藤 洋一 特任教授】

日本人アルツハイマー型認知症を非侵襲の大脳刺激で改善
-薬物に頼らない治療法に期待-


非侵襲的に大脳皮質を刺激する事ができる反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)により、日本人アルツハイマー型認知症が改善することを明らかにした。

rTMSはうつ病治療に有効であり、2019年から米国製機器が保険適用となっているが、アルツハイマー型認知症に対する有効性を示した検証試験はなかった。日本人アルツハイマー型認知症に関しては初めてのデータで薬物だけに頼らないアルツハイマー型認知症治療が期待できる。

大阪大学大学院医学系研究科の齋藤洋一特任教授(研究当時、現 大学院基礎工学研究科 特任教授)らの研究グループは、帝人ファーマ(株)と共同開発した反復経頭蓋磁気刺激による両側前頭前野の高頻度刺激を4週間施行することで、軽度~中程度のアルツハイマー型認知症が、偽刺激に対して、有意な改善を認め、その効果は約20週継続することを明らかにしました。

これまでアルツハイマー型認知症は、4種類の投薬(ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン、メマンチン)が保険適用とされていますが、効果は限定的です。最近、米国でアデュカヌマブが承認され、新薬レカネマブも臨床試験で有効とされていますが、軽症例が対象で、その効果も確立されていません。一方、反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)は、海外でも検証試験として有効性が示されていませんでした。

今回、研究グループは在宅用rTMS機器開発を目指し、帝人ファーマ(株)と共同開発し、臨床研究用に開発した未承認医療機器を用いて(図2 治験用機器)、日本人アルツハイマー型認知症に対する有効性を検討すべく探索的臨床試験を行いました。図1は我々が開発した偏心球面コイルを示しています。このコイルはエネルギー効率を改善させました。その結果、認知症のスクリーニング検査であるMMSE(ミニメンタルステート検査)が30点満点中15~25点の患者(軽度~中程度の認知症)であれば、偽刺激に対して有意な認知機能の改善を認めました。その効果は約20週継続しました。その治療効果は日本発のアルツハイマー型認知症薬であるドネペジルと比較しても劣るものではなく、むしろ即効性、持続性が示唆されました。うつ症状も改善される傾向がありました。

今後、軽症~中等症の日本人アルツハイマー型認知症の新たな非侵襲的脳刺激療法として期待されます。

本研究成果は、国際誌「Frontiers in Aging Neuroscience」に、2022年10月11日(火)(日本時間)公開されました。
Randomized, sham-controlled, clinical trial of repetitive transcranial magnetic stimulation for patients with Alzheimer’s dementia in Japan – PubMed (nih.gov)
論文は無料ダウンロードできます。

詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。

Last Update : 2023/01/11