研究室だより Vol. 22~Vol. 27を掲載しました
2024年9月から2025年3月までに、基礎工学部HP高校生・受験生向けサイトのトピックスに掲載されました最新研究情報のうち、機械科学コース研究室所属教員の主たる研究成果である6記事につきまして、それぞれ、研究室だより Vol. 22~Vol. 27にまとめました。ぜひご覧ください。
・研究室だより Vol. 22【生体工学領域 青井 伸也 教授】:
歩行における左右の足の交互運動は厳密には制御されていない
―歩行障害の原因究明、新たなリハビリ手法・歩行支援装置への応用に期待―
・研究室だより Vol. 23【非線形力学領域 垂水 竜一 教授】:
結晶の中で力が生まれるメカニズム
―柔らかい幾何学を用いた材料科学の新しい理論―
・研究室だより Vol. 24【生体工学領域 出口 真次 教授】:
細胞老化と若返りを制御する新たな分子メカニズムを発見
―抗老化技術の開発につながる可能性―
・研究室だより Vol. 25【非線形力学領域 垂水 竜一 教授】:
材料科学と電磁気学の共通法則を発見
―柔らかい幾何学を用いた材料科学の新しい理論―
・研究室だより Vol. 26【非線形力学領域 垂水 竜一 教授】:
編み物の端が丸まるのはなぜか?
-産業応用に向けた新たなデザイン技術の鍵-
・研究室だより Vol. 27【生体工学領域 小林 洋 准教授】:
人の筋肉を使って複雑な計算ができる!
―ウェアラブルシステムなどへの応用に期待―
Last Update : 2025/04/18
【生体工学領域・小林 洋 准教授】
人の筋肉を使って複雑な計算ができる!
-ウェアラブルシステムなどへの応用に期待-
・人の生体組織(筋肉)を用いて、複雑な計算ができる
ことを発見
・人の生体組織(筋肉)の変形場を物理リザバコンピュ
ーティング(※1)の中間層として利用できることを
実証
・物理的な計算機が不要で、人の近くのあらゆる場所で
計算処理を提供できることから、ウェアラブルシステ
ムなどハードウェアレスな計算機への応用に期待
大阪大学大学院基礎工学研究科の小林洋准教授は、人の生体組織(筋肉)を利用して複雑な計算が可能であることを世界で初めて明らかにしました。
物理系の力学を利用して、複雑な計算問題を効率的に解決する計算手法を「物理リザバコンピューティング」と呼びます。これまで、物理リザバコンピューティングの中間層(リザバ層)として、光学系、力学系、量子系などさまざまなものが利用されてきましたが、人の組織を利用した例はありませんでした。
本研究では、人の生体組織の変形場を物理リザバコンピューティングのリザバ層として利用することを提案し、その実証として複雑な方程式を解くことに成功しました。これらのことは、人の組織が計算能力を有することを示しています。
これらの技術は、人の組織というその場にあるものを利用するため、ハードウェアレスな構成となり、人の近くのあらゆる場所で計算処理を提供できます。将来的に、ウェアラブルシステムなどへの応用が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「IEEE Access」に、2025年3月20日付けで掲載されました。
詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。
【用語説明】
(※1)物理リザバコンピューティング
物理リザバコンピューティングは、物理系の力学を利用して、複雑な計算問題を効率的に解決する計算手法です。従来のリザバコンピューティングのアプローチを物理現象に適用したものです。例としては、光学系、力学系、量子系などの物理的なシステムを「中間層(リザバ層)」として活用し、データ処理を行う手法です。物理リザバコンピューティングでは、情報処理は中間層となる物理系が担うため、対象とする計算を行う際、原理的に他の計算機を必要としません。
Last Update : 2025/04/18
【非線形力学領域・垂水 竜一 教授】
編み物の端が丸まるのはなぜか?
-産業応用に向けた新たなデザイン技術の鍵-
慶應義塾大学大学院理工学研究科の田尻琴音(修士課程1年)、同大学理工学部機械工学科の佐野友彦 専任講師、大阪大学大学院基礎工学研究科の村上立樹(修士課程1年)、小林舜典 助教と垂水竜一 教授らの研究グループは、編み物が自然にカールする現象のメカニズムを実験とシミュレーションを組み合わせて明らかにしました。
最も基本的な編み方のひとつである平編み構造は、曲げられた糸の周期的な格子で構成され、端部では3次元的なカール形状が自然に生じます。編み物の力学特性に関する多くの研究は2次元的なモデル化に基づいており、3次元的な関係性は十分に明らかにされておりませんでした。編み物のカール挙動は、糸に作用する力やモーメント、単一ループ形状、力学的特性、そして摩擦などが複雑に関連しているため、3次元解析が必要となります。そこで、本研究では、編み機を用いて長方形平編み構造に生じる3次元的なカール形状を系統的に作成し、実験とシミュレーションを通じてループ形状と力学特性がカール形状に相関することを示しました。カール形状は編み数比に応じて変化し、ループ形状が編み物の機械的な異方性に影響を与えることが明らかになりました。本研究の結果は、単一ループ形状の変化が、編み物全体の3次元的な自然形状を制御する可能性を有することを示唆しており、編み物を用いた複合材料、ウェアラブルデバイス、アクチュエータなどの産業応用において、より複雑な3次元形状の予測やデザイン・設計技術の発展に寄与することが期待されます。
本研究成果は、2025年2月25日に英国科学雑誌『Extreme Mechanics Letters』にオンライン掲載されました。
Last Update : 2025/04/18
【非線形力学領域・垂水 竜一 教授】
材料科学と電磁気学の共通法則を発見
-柔らかい幾何学を用いた材料科学の新しい理論-
・結晶材料の欠陥(転位(※1))が生み出す歪みのパタ
ーンは、電流の周りに作られる磁場と同じ方程式に従う
ことを発見
・電流の磁場を説明するビオ・サバールの法則を材料科学
へ応用することで、転位による塑性変形の歪みのパター
ンを解析的に決定することができる
・全ての結晶材料の強度や延性を記述するための基礎理論
として、広範な応用が期待される
大阪大学大学院基礎工学研究科 小林舜典助教、垂水竜一教授らの研究グループは、結晶の中にある「転位」という欠陥が生み出す結晶格子の歪みのパターンが、電流が作り出す磁場のパターンと同型になることを発見しました。
転位は、結晶材料の強度と柔軟性を決める重要な欠陥の一つですが、その力学的な性質に関する理論研究は十分進んでおらず、多くの研究課題が残されていました。
今回、研究グループでは、①転位の周りに作られる塑性変形(物体に外力を加えて変形させ、その後、外力を取り去っても残る変形)による歪みのパターン(カルタン方程式)が、定常電流の周りに作られる静磁場のパターン(アンペール・ガウス方程式)と一致すること、そのため②アンペール・ガウス方程式の解であり、電流の磁場を説明するビオ・サバールの法則が、カルタン方程式の解として転位の歪みのパターンにも適用できること、③この性質が図に示す3種類のすべての転位に対して成り立つこと、を示しました。またこれらの結果が、④複素関数論におけるコーシー・リーマン方程式と一致することも示しました。これらの結果から、⑤結晶の欠陥と電磁気学という異なる物理現象が、同じ数学的な原理に基づいていることがわかりました。この背後には、等角写像と呼ばれる機構が深く関わっていることを結論付けました。
本研究成果は、2025年3月5日(水)0時5分(グリニッジ標準時)、日本時間2025年3月5日(水)9時5分に英国王立協会誌「Royal Society Open Science」より公開されました。
詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。
【用語説明】
(※1)転位
結晶に見られる原子配列の乱れの一種。結晶の塑性変形は、特定の結晶面の間の相対的なすべり運動によって生じるが、すべりを起こした領域と未すべりの領域の境界線を転位と呼ぶ。すべり面上に伸びた一次元曲線形状を有しており、数学的にはトポロジカル欠陥の一種と考えることができる。
Last Update : 2025/04/18
【生体工学領域・出口 真次 教授】
細胞老化と若返りを制御する新たな分子メカニズムを発見―
抗老化技術の開発につながる可能性―
細胞老化(左→右)に伴い形態や内部骨格構造が変化.
本研究ではそのメカニズムの一端を明らかにした.
・老化した細胞(線維芽細胞(※1)・上皮細胞(※2))で、タンパク質AP2A1
(アダプタータンパク質2アルファ1サブユニット)(※3)の発現量が増加する
ことを発見した。
・細胞が老化すると、細胞が大きくなることや、ストレスファイバー(細胞骨格)
が太くなることが知られていたが、その仕組みは不明だった。
・線維芽細胞においてAP2A1が、老化に伴い肥大化する細胞構造に寄与する可能性
を示唆。
・線維芽細胞においてAP2A1の発現を抑制すると、従来の老化マーカーの減少を含
む多様な細胞若返り現象が観察された。
・AP2A1は、細胞老化を示す新規マーカーおよび加齢関連疾患の治療標的となる可
能性が示唆された。
大阪大学大学院基礎工学研究科のPirawan Chantachotikul特任研究員と出口真次教授(国際医工情報センター、エマージングサイエンスデザインR3センター兼務)らの研究グループは、細胞老化に関連する新たな分子メカニズムを明らかにしました。
細胞が老化すると、細胞が大きくなることや、ストレスファイバー(細胞骨格)が太くなることが知られていましたが、その仕組みは不明でした。
本研究では、AP2A1(アダプタータンパク質2アルファ1サブユニット)が、老化に伴い肥大化する線維芽細胞の構造の維持に不可欠な役割を果たしていることを見出しました。また、AP2A1が上皮細胞の老化にも関係することを明らかにしました。
この成果は、抗老化薬など老化を遅延させて健康寿命を延ばす技術や、加齢関連疾患の治療法の開発につながる可能性があります。
本研究の成果は、国際誌Cellular Signallingに2025年1月21日(火)に公開されました(オープンアクセス)。
詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。
本論文第一著者であるPirawanさん(写真中央・機能創成専攻修了)の論文採択を祝して(出口教授は左から2番目・Pirawanファンの3人と共に)
【用語解説】
(※1)線維芽細胞
皮膚や臓器を支える細胞で、コラーゲンなどの細胞外基質タンパク質を作り出し、組織の構造を維持します。年齢とともにそのはたらきが低下して老化が進行すると、組織の修復能力などが損なわれ、皮膚や臓器の機能低下を引き起こす要因となります。
(※2)上皮細胞
乳腺などの腺組織や、消化管・気道の上皮を構成する細胞。組織の保護や物質の吸収・分泌に関与し、外部環境との境界を形成しています。老化に伴いその機能が低下すると、組織の恒常性維持が困難になり、バリア機能の低下や慢性炎症を引き起こす可能性があります。
(※3)AP2A1(アダプタータンパク質2アルファ1サブユニット)
細胞が外部から物質を取り込む仕組み(エンドサイトーシス)に関わるタンパク質です。本研究では、AP2A1が老化に伴う細胞構造の再構成に深く関係していることを見出しました。
Last Update : 2025/04/18
【非線形力学領域・垂水 竜一 教授】
結晶の中で力が生まれるメカニズム
―柔らかい幾何学を用いた材料科学の新しい理論―
・微分幾何学(※1)を用いてらせん転位(※2)の周辺
に形成される力学場を解析
・転位による結晶格子のゆがみは空間のリッチ曲率
(※3)を表しており、これが結晶の中に力を生み出す
直接的な起源となる
・結晶材料の強度・延性向上のための新しい理論として
広範な応用展開が可能
大阪大学大学院基礎工学研究科の小林舜典助教と垂水竜一教授は、らせん転位によって生み出される結晶格子の乱れが結晶格子の中で力へ変換されるメカニズムを数学的に解明しました。らせん転位は結晶材料の強度や延性を決定する重要なトポロジカル欠陥の一つですが、その力学的な性質に関する研究は十分進んでおらず、多くの研究課題が残されていました。
今回、垂水教授らの研究グループでは、らせん転位の理論解析に微分幾何学を用いることによって、(i)らせん転位の中心には「リッチ曲率」と呼ばれる結晶空間のゆがみが存在すること、(ii)リッチ曲率は通常の結晶空間(ユークリッド空間)と非整合な「幾何学的なフラストレーション(※4)」状態を生み出すこと、(iii)フラストレート状態の解消に必要な弾性変形が力の起源となること、を明らかにしました。
本研究の成果は、2024年12月4日(水)に英国王立協会誌「Royal Society Open Science」により公開されました。
詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。
【用語説明】
(※1) 微分幾何学
微分操作を通して対象の形の特徴(幾何学)を調べる分野のこと。例えば、曲線や曲面の曲がり方の指標(曲率)を数式で表すことができる。物理学では微分幾何学を使って理論を記述する例が多く、その代表例の一つがEinsteinの重力理論である。
(※2)らせん転位
結晶に見られる原子配列の乱れの一種で、らせん階段に似た結晶格子の乱れを引き起こす。物理的にはVolterra欠陥、数学的には一次元トポロジカル欠陥の一種と考えることができる。
(※3)曲率
微分幾何学で用いられる、空間の曲がり方を表す指標の一つ。一例として、球の表面は半径に反比例した一定の曲率を持つと考えられる。この研究では、らせん転位が生み出す結晶のゆがみをリッチ曲率として評価した。
(※4)幾何学的なフラストレーション
通常、フラストレーション状態とは系がエネルギーの最安定状態を取ることができず、準安定的な状態に留まることを指す。ここでは転位による結晶空間のリッチ曲率が、本来のユークリッド空間とは幾何学的に不整合となり、そのため弾性変形を伴う準安定的な状態にあることを意味している。
Last Update : 2025/04/18
【生体工学領域・青井 伸也 教授】
歩行における左右の足の交互運動は厳密には制御されていない
―歩行障害の原因究明、新たなリハビリ手法・歩行支援装置への応用に期待―
・歩行における左右の足の交互運動は厳密には制御されていないことを発見
・複雑な身体運動のために、これまで肢間協調(左右の足を協調的に動かすこと)
の制御の実態をつかむことができなかったが、位相縮約理論(※1)とベイズ推定
(※2)の手法により可能に
・肢間協調を積極的に制御しないことは、エネルギーを効率化できるほか、ある程
度のゆらぎを許容することでさまざまな状況に対応できる能力の向上にもつなが
るため、このような制御戦略をとっていると予想される
・加齢や脳疾患による歩行障害の原因究明や、新たなリハビリ手法・歩行支援装置
への応用に期待
我々は、左右の足を交互に前に出して歩きます。この左右交互の関係性が崩れてしまうと歩行機能の低下を招くため、左右の足はきっちりと交互に前に出すように比較的厳密に制御されていると予想されていましたが、歩行における複雑な身体運動のために、その実態は未解明でした。
大阪大学大学院基礎工学研究科の青井伸也教授、海洋研究開発機構の荒井貴光研究員、京都大学大学院情報学研究科の青柳富誌生教授らの研究グループは、左右の足を協調的に動かす肢間協調の制御様式を位相縮約理論に基づく位相振動子(※3)を用いてモデル化し、健常者の歩行中の計測データを用いたベイズ推定により推定しました。その結果、これまでの予想に反して、左右の足の交互運動は、左右交互の関係から少しくらい外れても、元に戻そうとするような制御は働いておらず、この関係性は必ずしも厳密には制御されていないことを世界で初めて明らかにしました(図)。
歩行中の左右の足の協調性は加齢や脳疾患によって減退してしまい、歩行機能の低下を招いてしまいます。本研究成果により明らかにした肢間協調の制御様式が加齢や脳疾患によってどのように変化するかを今後調べることで、歩行機能が低下する原因の究明や、新たなリハビリ手法・歩行支援装置の開発などにつながると期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Communications Biology」に、2024年9月20日(金)18時(日本時間)に掲載されました。
詳細は大阪大学ホームページ(ResOU)をご参照ください。
【用語説明】
(※1) 位相縮約理論
周期的な閉軌道(リミットサイクル)を有する多次元からなる力学システムを、位相振動子を用いて近似的に記述する数学的手法。
(※2) ベイズ推定
観測事象から、推定したい事柄を確率的な意味で推論すること。
(※3) 位相振動子
周期的な振る舞いを位相を用いて記述するもの。
Last Update : 2025/04/18
大阪大学基礎工学部機械工学同窓会第19代会長、大阪産業大学・副学長の田原 弘一 先生におかれましては、去る令和7年3月28日にご逝去されました。
ここにご冥福をお祈りするとともに、卒業生の皆様に謹んでお知らせ申し上げます。
なお、ご葬儀はご家族にて執り行われ、参列・香典・弔電はご辞退されるとのことです。
大阪大学基礎工学部機械工学同窓会
会長 西川 敦
Last Update : 2025/04/02